広島を拠点に、50年余りにわたって書家・刻字作家として精力的に活動している安達春汀。刻字は書の分野に入っていますが、書の世界では少数派と言え、刻字専門に取り組む安達の存在は異彩を放っています。刻字の制作は、書を書いて、木に刻し、彩色して仕上げ、額装に至るまでの一連の工程を経るため、「書」だけの制作とは違った芸術的要素が加わって作品が完成します。
安達は10年余り書家として鍛錬を重ねた後、篆刻に魅せられ、次第に、文字を立体的に表現する刻字の制作へと移行していきました。朗らかでさっぱりとした性格を示すように、安達の作品は華やかで力強く、女性らしい軽やかさも備えています。木を刻し、彩色によって文字のイメージをふくらませ、表現することの醍醐味を味わい尽くした安達の作品からは、悠久の時を経た木と対峙した時間や、清々しい達成感が伝わってきます。
今回、安達春汀のこれまでの書業を、書と刻字の作品約60点によって紹介し、書の制作の可能性、楽しみ方を探ります。
1948年広島市生。安田女子短期大学付属幼稚園、広島市立幟町小・中学校で学ぶ。12歳のとき書家、香川紫峰に師事し、書道芸術院に籍を置く。広島市立舟入高等学校在学中に師から春汀の号を受け、書の活動開始。広島文化女子短期大学(現 広島文化学園短期大学)を卒業後、22歳のときに師の兄である刻字作家、香川峰雲に師事し、刻字の制作を始める。結婚後も活動を続け、毎日書道展、書道芸術院展で入賞を重ねる。40歳のときにはさらなる書の研鑚を積むため、書家、恩地春洋に師事。一方、西条「酒まつり」のポスター題字や宮島・厳島神社の表額、鷹野橋商店街アーケードの「たかのばし」、三次市のロゴなどの揮毫のほか、広島矯正施設主催の書の審査員も30年以上務めており、地域に根差した活動も続けている。2005年広島市政功労者として表彰、2011年広島文化賞を受賞。