平安時代筆の宇宙

三筆、三蹟の登場〜仮名誕生と国風文化〜和様筆

平安時代前期、日本の書に大きな転機をもたらしたのが、弘法大師・空海です。中国の唐から日本に真言密教を伝えた空海は、仏法とともに膨大な美術品などを持ち帰り、大陸文化の真髄を日本に伝えました。そのひとつが、筆の製造方法や書体です。

最澄に宛てた手紙「風信帖」に見られるような正統派的な書風だけでなく、かすれと速い筆の動きを生かした飛白体など様々な書体を残しています。

また、書体に応じて様々な筆を作らせ、その用途・製法と共に時の嵯峨天皇に献上しました。この時代、空海、嵯峨天皇、橘逸勢らは、日本の三筆と呼ばれ、その書風は後に開花する国風文化の基礎になります。

平安時代は、日本独自のかな文字も成熟を迎えます。王朝貴族の間では、きらびやかな世界を舞台にした随筆や日記文学、そして宮廷では女流文学が黄金時代を迎え、日本文学の最高峰といわれる『源氏物語』が生まれました。

こうしたかな文字文化の熟成に伴い、相応しい筆も求められます。日本独自の工夫がなされ、穂先の長い筆が誕生しました。和様筆の誕生です。材質は、従来の狸や兎の軟らかい毛から、鹿等の腰の強い毛の筆が好まれてきます。

平安時代中期には、小野道風、藤原佐理、藤原行成の「日本の三蹟」が登場し、それまでの鋭く厳しい中国の書風に代わる、角がとれてゆったりと流れる純和風の書風「和様」が確立しました。美術工芸においては、平清盛が安芸の国、厳島神社に「平家納経」を奉納しました。全三十三巻から成り、平家一族同門の郎等が一人一巻を納めた、平安末期を代表する写経です。金箔を施した豪華な紙と文字との調和は、貴族文化の究極の美といえます。