長野秀章筆の達人

書道家(東京都出身 東京学芸大学教授)

日本の筆の文化

筆を生産するという意味では「日本の和筆」という筆なんですけども、よく比べるのが唐筆という中国産製の筆。そういうものと比べると伝統的に筆の作り方(専門的には「毛組み」ということになるんですけど)、日本独特の書き易い材料を活かした筆の作りになっています。

かなり研究されていますので我々も表現する上ではイタチの毛と、他の少し柔らかい羊毛では表現を変えたりしますので、非常に多彩なものが用意されています。日本の筆には素晴しいものがありますし、また弾力も含めて筆の作り方が伝統的に優れたものを持っている「技術筆立国」だろうと思います。

書の喜び

空海が書いた風信帖を習っておりますと、空海の書いた息づかい、あるいはどういう風に筆を使ったかというのが非常に伝わってくることがあります。それは、少し勉強しないと難しい部分もあると思いますが、例えば音楽で言いますと楽譜は残っていてもベートーベンが弾いた音楽は残念ながら聴くことはできない。例えて言うと空海の録音を聴いている面白さがある。勉強という意味では、そういうものを習うことが個人的には大変楽しい。

もうひとつは、その習った事を自分で表現するという(書画という)作業、習った技術や表現力を様々な書体・墨の濃さ・紙とかで表現していくということが、個人的には大変楽しく思います。例えば、役者が台本を貰ってお婆さんの役を演じたり、あるいは20歳の女性を演じたりする時に色々シュチエーションを考えて役作りをするということがありますが、それと同じように私の書の面白さは与えられた条件の中でこんな表現が出来るのか?あるいは、こう表現してみよう・・・、という演技する面白さというものも古典の勉強の上に乗せることの楽しさというものがあると思います。

個人的なことかもしれませんが、これが書の魅力だと思います。